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アルバム売りさん

アルバム売りさん

社員食堂

「ごめんなさい」と山本さんは言いました。
 昼休みで混みあう社員食堂で、テーブルをはさんで座る彼女は、私に頭を下げたのです。ばら色の頬に、ウエーブのかかった髪がふわりと揺れました。よく手入れされた白い指先でコーヒーカップの端をなぞりながら、彼女は神妙に私の様子を伺っていますが、言葉とはうらはらに、口元には薄い笑みがはりついています。
「おてやわらかにな」トレイに日替り定食を乗せた営業課長が、通り過ぎざま私の肩をポンとたたきました。山本さんが華奢ななで肩を一段と縮こませているので、私が課長のかわいい部下をいじめているように見えたのでしょう。無理もありません。彼女は営業部のアイドルで、私は秘書部の次期お局の有力候補なのですから。
 山本さんの「ごめんなさい」の意味は見当がついています。
 ヒロシ。
 社内恋愛は出世に響くと彼が言い、極秘で付き合って丸二年の営業一課のエリート。ひと月前、私の上司である専務と営業部との懇親会に同席した時、ヒロシに絡みつくような視線を送る山本さんを見ました。案の定、ヒロシは私を避けるようになり、私たちの関係は自然消滅しました。呆れたことに、アイドル山本さんが恋人なら、ヒロシにとっては社内恋愛もむしろ手柄話になるとみえ、二人はすぐに公認の仲になりました。
 半年前、国際部の竹中さんが、今の私と同じように、社員食堂で山本さんと向き合っていたそうです。竹中さんは、同じ国際部の斉藤さんとの結婚を噂されていた才媛ですが、ある日唐突に辞表を出して社内で話題になりました。斉藤さんの海外出張の日に、山本さんが有給休暇をとったことと無関係だったとは思えません。
 つまり山本さんとはそういう女性です。「ごめんなさい」の勝利宣言は、聴衆が多い社員食堂で、と決めているような。彼女は勝ち、竹中さんは敗れたのです。
 おあいにくさま。私は、ちがう。
「彼をよろしくね」笑いをこらえるのを読み取られないよう、私はそれだけ言いました。
 半年前、私は、取引先の跡取り息子を専務から紹介されました。縁談は順調に進み、ヒロシとの恋愛を、社内に知られないよう円滑に終わらせる必要がありました。そこへ山本さんの出現です。独身女の小競り合いなど、どうでもいいことです。私のゴールはもう見えたのですから。数ヶ月先の私の寿退社を知った時、勝ち誇った顔のアイドルが、一体どんな表情を見せてくれるのか楽しみで待ち遠しい、というのは事実ですが。


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